企業法務の資料室

農業分野のスタートアップにおいて留意する法律・規制

1 「どんな会社をやるのか」―スタートポイント(起立点)はどこか

(1) まず、農業分野のスタートアップと一口にいっても、どのような事業を行うかによって、スタートアップの

   あり方(法人の設立の方法等)は変わります。

    会社法人(株式会社、合名会社、合資会社、合同会社)としての農業法人には、事業を基準に分けると、

     ①農地の権利を取得して事業を行う法人(農地の所有権や賃借権等を得るケース)

     ②①以外の方法で、農業及び農業に関連する事業を行う法人

   の2つがあります。

    ①の場合、農地を使って事業を行うことから、農地の権利取得の許可を、農業委員会から得る必要があります。

   そして、農地を買う(所有権を取得)場合は、農地所有適格法人の要件(農地法2条3項)も備える必要があり、

   農地を借りる(賃借権を取得)場合は、農地所有適格法人の要件は満たさなくてよいものの、農地法3条3項の

   要件を満たす必要があります。

    ②の場合は、このような許可を要しないことから、各業法上の規制に留意しながら、通常の会社法上の設立

   手続に則ることになります。

    このため、農業分野のスタートアップを考えている方は、まずはこのスタートポイント(起立点)を間違え

   ないよう、正確に整理しておきましょう。

(2) なお、農業参入という観点からは、(ⅰ)新規に会社法人を設立する場合、(ⅱ)既存の会社法人を用いる場合、

  (ⅲ)農事組合法人を設立する場合の3つがあり、いずれを選択するかによって参入方法は異なってきます。ただ、

   本連載ではスタートアップを念頭においているため、今回は(ⅰ)新規に会社法人を設立する場合を前提に、上記

   ①②の2パターンについてお伝えします。

 

2 農地を使った事業のスタートアップを目指すケース

(1)留意すべき法律・規制

    田や畑を買ったり借りて、米、野菜や果物等を栽培する事業を営みたい場合、農地の所有権や賃借権等を得て

   行うことになります。こうした農地の権利取得には、原則、各市町村にある独立行政委員会の農業委員会の許可

   を得なければなりません(農地法3条1項)。

    農業委員会は、農地法3条2項各号のいずれかに該当するときは、原則として許可しません。例えば、農地の

   全てを効率的に利用して耕作を行うと認められないとき(同項1号)や、法人が農地所有適格法人でないとき

   (同項2号)などです。

    もっとも、留意すべきは、農地を買わずに「借りる」ケースに限っては、農地法3条3項各号の全てを満たせば、

   農地所有適格法人でない法人(同条2項2号参照)でも、許可を受けられるという点です。例えば、農地を適正に

   利用していない場合には賃貸借を解除するとの条件が書面で契約されていること(同条3項1号)などです。

    なお、農地を買うために農地所有適格法人になるには、①組織要件(同法2条3項本文)、②事業要件(同項

   1号)、③議決権要件(同項2号)、④役員要件(同項3号4号)の全てを満たす必要があります。

(2)手続のフロー

   このため、スタートアップにおいては、次のような手続の流れを意識しましょう。

    ①まずはスタートポイント(起立点)を整理し、ビジネスモデルのアウトラインを立案する

     →どんな農作物を、どの地域で、どのように栽培し、どのメンバーと、どれくらいの投資で、どれくらいの

      期間でどれくらいの売上を達成するか、アウトラインを立案しましょう。スタートアップの目標やモチベー

      ションを明確にするとともに、関係機関への今後の説明用資料としても使えます。

    ②ビジネスモデルに沿った農地を探す

     →①のアウトラインに基づき、スタートアップに必要な農地を探しましょう。好条件の農地を確保するのは

      想像以上に難しいことが多いので、注意が必要です。

    ③営農計画等について農業委員会や関係部署との事前協議を行う

    ④法人を設立する

     →会社法上の設立手続(以下3(2)参照)をベースに、農地を所有する場合には農地所有適格法人としての

      要件(農地法2条3項)を、農地を賃借する場合には農地法3条3項の要件を満たす必要があります。

    ⑤農地法の許可を取得する

    ⑥スタートアップ事業開始!

 

3 農地を使わず、農業又は農業関連事業のスタートアップを目指すケース

(1)農地法の許可は不要

    田や畑を買ったり借りたりせず、農産物の販売を行う場合や、ドローンを使って農薬散布事業を行ったり、

   農業用ロボットの開発をする場合には、上記2でご紹介したような農地法上の許可はいりません。

    販売やドローン活用については、次回以降の連載において説明を予定していますので詳細は省略しますが、

   販売であれば食品表示法や景品表示法、ドローンであれば航空法等の法規制に注意して会社法上の設立手続

   をとることになります。

(2)会社法人の設立手続

    ①株式会社設立(発起設立の場合)の手続フロー

     ・定款の作成(電子定款を用いると費用を抑えられます)、定款の認証

     ・発起人による出資の履行

     ・設立時役員等の選任

     ・設立登記

    ②持分会社(合同会社、合名会社、合資会社)設立の手続フロー

     ・定款の作成(定款の認証は不要)

     ・出資の履行(合同会社のみ出資者たる社員になろうとする者は全額払込必要)

     ・設立登記

 

4 まとめ

  このように、スタートアップによって達成したい事業によって、関わる法規制や設立手続は異なります。

 自分はどんなスタートアップ企業として成功したいかを見極めた上で、手続を進めていきましょう。

 (文責:柘植智甫)

            

   *本連載文書は一般的な情報提供のために掲載するものであり、特定の方への法的アドバイスを目的とするものでは

     ありません。また、本連載は公開日時点での内容を基に執筆されています。

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