企業法務の資料室

新型コロナウイルス再流行に備えた事前準備(在宅勤務・時差出勤)

(2020年5月16日)
緊急事態宣言も多数の地域で解除されることになりました。今後全国的に休業要請も解かれていくものと思われます。他方で、新型コロナウイルスの流行の波は今後も不定期に訪れるとの見方が有力であり、外出自粛・休業要請が繰り返されるおそれは否定できません。仮に流行の第二波、第三波が来た場合に備えて、労務の観点からも事前準備が必要です。労働条件との関係で言えば、以下の点について検討することが必要と考えます。

 

1 在宅勤務・時差出勤に向けた制度設計の必要性
 今回、在宅勤務・時差出勤を実施した企業の中には、就業規則では、在宅勤務・時差出勤に応じた定めをおいていなかったところもあったかもしれません。しかし、本来は就業規則に定めがなければ、その勤務形態は労働契約の内容にはならないのが原則です。労働契約の内容になっていないということは、会社にはその勤務形態に沿った労働を業務命令として指示できる権利がないということになりかねません。
 したがって、在宅勤務・時差出勤を実施するにあたっては、それに合わせた就業規則の変更をしておいた方がよいでしょう。

 

2 ガイドライン
  厚生労働省は、以前より「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」 を公表しています。今後、新型コロナウイルス流行の長期化にあわせて同ガイドラインも改定される可能性はありますが、新たな制度に関してはまずはこのガイドラインを参考にして策定すべきです。

 

3 フレックスタイム制
(1) 趣旨・目的
 法律上、フレックスタイム制とは、3か月以内の一定期間の総労働時間を定めておき、労働者がその範囲内で各日の始業・終業の時刻を選択して働くことが可能な制度です(労働基準法第32条の3)。
フレックスタイム制の特徴は、始業・終業の時刻を労働者が決められることにありますが、他方で使用者側には労働時間管理の義務があり、時間外労働をした場合にはいわゆる残業代を支払わなければなりません。
(2) 導入にあたって必要な手続き
  就業規則の変更のみならず、労使協定(*その事業場の労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者との書面による協定)の締結が必要です。この労使協定は、基準となる期間の長さによって労働基準監督署への届出が必要な場合もあります。労働条件を労働者にとって不利益に変更する場合には、労働契約法第10条に従い、変更内容の合理性や労働者への周知といった制限があります。しかし、フレックスタイム制は一般的には労働者にとって有利であって、その導入は労働条件の不利益変更には該当しないと考えられます。   
(3) 活用案
 例えば、週のうち半分がオフィス勤務だとすればその日の労働時間を長くして、一方で在宅勤務の日は労働時間を短くするなどの運用が考えられます。また、時差出勤への対応も容易です。
(4) 限界
「フレックスタイム制」をとったとしても、依然として、会社側には労働時間管理の義務が認められます。 そのため、始業・就業時刻の決定権が労働者にあるにせよ、所属長等の管理者は、部下の労働時間について把握し、指導することが必要です。

 

4 事業場外みなし労働時間制
(1) 趣旨・目的
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定しがたいときは、「所定労働時間労働したものとみなす」という制度です(労働基準法第38条の2)。
会社側からみたこの制度の利点は、労働時間の把握義務の例外とされている点であり、いわゆる「中抜け」のような事態が生じがちな在宅勤務において対応できる(正確には対応しなくてよい)点です。
(2) 導入にあたって必要な手続き
就業規則において定める必要はありますが、労使協定は不要な場合もあります(注:通常所定労働時間を超える場合などは必要です。)。 
また、労働条件の不利益変更に該当するおそれがあるので、労働契約法第10条に定める内容・手続きに従いましょう。
(3) 活用案
労働者を在宅勤務としたものの、会社側で労働時間管理のための十分な情報通信機器を準備できず労働時間管理が困難なときは、会社側は、この制度を利用することで、みなした労働時間より長く労働した日があってもそれ以上の賃金を払う必要がありません(逆にみなした労働時間より短い時間しか労働していなかったとしても、賃金の減額・控除をすることはできません。)。
(4) 限界
 厚生労働省の上記ガイドラインの記載によれば、在宅勤務時の事業場外みなし労働時間制が認められるためには
  ① 情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
  ② 随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
  という要件を満たすことが必要とされています。

 

 5 その他定めるべき事項
「フレックスタイム制」や「事業場外みなし労働時間制」の採用の有無にかかわらず、以下の事項等を検討の上、就業規則を変更して在宅勤務等にあわせた規定(通常は、「在宅勤務規程」というような新たな規程)を設けるべきでしょう。
① 時間外・休日・深夜労働の原則禁止や使用者等による許可制
② 勤務場所の自宅への限定の有無
③ 在宅勤務制度にあわせた業績評価制度の導入
④ 通信費、情報通信機器等の費用負担の有無
⑤ 情報セキュリティに関する定め
                               (文責:中川真吾)

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